2008年08月21日
女子ソフト金メダルおめでとう!

とかいって雨で中断して、米がホームランを打ってから、見てないの。

野球は見てたら負ける。

女子レスリングの浜口も見てて負ける。

女子サッカーもそう。

応援してるのは見てて負けるので、ソフトは見ないことにした。

上野投手昨日に引き続きすごいわ。

あの逞しい剛速球を投げる腕。

プロ野球選手も中々打てない。

あの、根性と逞しい体。

うちの、よわっちい息子の嫁に是非欲しいわ。


2008年08月20日
お墓は、墓地の敷地内に分家と本家であるうちのが並んでいる。

有難いことに草むしりは早くお参りされる分家さんがやって下さる。

お坊さんにうちと分家と2つお参りしてもらうのだが、片隅に小さいお墓が昔からある。
だから3つ拝んでいる。

父母に聞いても誰のだかはっきりせず、身寄りのかたが、拝んでいかれた形跡もない。

おそらく、昔働いていた方が身寄りがなく、うちのお墓内に建てたのじゃないかという話。

名前とか、身元がわかればこちらもすっきり拝めるのだが、分からないので複雑だ。

まあ、ご縁があった方だと思うし仏様になっておられるから、一緒に供養してあげようとは思っている。

いつも、気になるお墓だ。


2008年08月19日
戦後の食料難の時代。

田舎のほうはまだ食料があったので、お相撲さんが食料を求めて地方巡業が多かったそう。

井波もお寺で相撲を見せ、力士さんがうちで泊まられたそう。
写真がたくさんあり、主人がまだ生後何ヶ月の頃、前田山っていう力士の膝にチョコンと座ってる写真がある。

義父が新聞記者だったため写真好きで、たくさん保存。今となっては戦後の記録だ。

義母の話では、夏だったので1メートルもあるウチワの紙が破れるので、ご飯粒に水を入れすり鉢で摺って糊を作り、新聞紙を竹のサンに貼り付け、下の力士が上の力士をあおいでた、とのこと。

また、井波に八乙女座と言う劇場があり、やっぱり戦後食べ物を求めて、井波へ。
先代の幸四郎一座が歌舞伎を披露。
その写真もたくさんある。

普段何回となく聞かされる昔話は面倒くさいと思って聞いているが、大事な話は聞いておかないと困るかも。
今日はしみじみと聞いておりました。



2008年08月19日
先日の池波正太郎さんの取材。

今日夕方チューリップテレビで放映されます。

身近な行楽2 池波正太郎が愛した粋な町。

ちらっと、私が写ります。

見てねーー。




2008年08月18日
今日瑞泉寺の本堂前で何年かぶりで相撲講があった

こんな目の前にいて何で知ったかと言うと、11時頃に、身長は1,90メートル以上あるかと思われる若くて横幅もそーとーな青年5人。

コーヒーを飲みたい、と来られた。

アイスコーヒーを持ってくと、座られた高さと私が立った位置と目線が変わらない。

毎年あるんですか?相撲講?
と聞かれる。
いえ、何年かぶりでしょうと適当な返事。

ひよっとして出られるんですか?
と聞くと
でまーす。1時半から始まるとのこと。

兎に角、履物がビーチサンダル。それが大きくて私のクツが3つ入るくらい。
立たれたら大木が5本、私は可愛い子ウサギっていう感じ??
実際のお相撲さんはもっと大きいんだろうな。

瑞泉寺は昔から角力講を催し娯楽がない時代富山県中のフアンが集まったそうです。

力士の法名簿が寺に保管されてます。

そういえば、城端にもあるんですか?




2008年08月17日
ハンドバックを夏用また冬用に替えたとき。

又葬式用に替えたとき、ないですか?

運転免許書が、入ってなくてヒヤッとした事。


途中で気がついても、引き返すのが余りにも遠すぎて、ドキドキしながら運転するときの恐さ。

対向から白い某車が近づくともう心臓はハヤガネ。

お願い!気がつかないで通り過ぎて頂戴!

一斉検問がないように!
などど思って運転してると事故りそうで、結局家まで取りに戻りました。

遅刻したけど、それはごめんなさいで収まったから。

根は気が小さくて悪いことできまへん。


2008年08月16日
今日夕方同級会だった。

6時開宴だけど宿泊のお客様が、終わるのは早くても8時。
その頃は同級会が終宴。
せめて2次会でも行こうかな。と思っていた。

しかし中々行けないね。
明日、宴会があって、主人は料理の仕込みをしている。
私の仕事は終わっても気兼ねでいけない。

2時間位私がいなくてもどってこともないのだが・・。

ちょっと、いってきまーす、と喉まで出掛かってたがやめた。
まあ、私の場合はそのちょっとが長くて信用ゼロなんだけど。

この年になると段々同級会が楽しみだと言われる。

ほんと、つまらんわー。

こうなれば、息子の嫁さん作戦しかないかしら?

私に似て??イケメンなんだけど、その気配さらさらなし。
今晩も、オトコだけのメンバーで遊びに言ってるわ。







2008年08月15日
おてんとさま、お日さま、ひーさん。

星さん、お星さん、お星さま。

お月さん、月さま。


などと、お天気の日に必ず会えるこの3つにさん、様をつけるよね。

手が届きそうもないのに1番身近な存在で、よく空を見上げる。

亡くなられた方が、お星様になっていつも見てやよ。

嘘をついたらお月さまに見透かされるよ。

お日様が見てやから悪いことしられんよ。


等とよく言われた。

やっぱ特別な存在、神様か仏様なのね。

さん、さま付けです。

今日砺波の太田の花火を見てきた。

大きい大輪、何十連発、花火好きの家系で毎年かかさない。

お花火さま〜〜です。







2008年08月14日
お盆なのに誰も来ない。

皆子供や兄弟姉妹が帰省して食事の用意やらあれこれ忙しくて。
と、言われるが我が家は寂しい。

義父は兄弟がいない。

主人は近くに姉1人いるだけ。

私の娘も近くにいる。

息子は未婚で同居。

お墓参りは普段でもよく来てしてるのであえて来ない。

お盆も正月も予約さえあれば営業してるから、バタバタとしているが、やっぱ昔みたい兄弟姉妹が大勢いた時代が懐かしい。

大家族で育った私にしてみれば、なんと寂しいお盆なんだろうと思う。
にぎやかに過ごしていた頃に戻りたいとお盆になれば思う。



2008年08月14日
これまでした事がないこと。

それは、草むしりと、花の種をまく、仏壇磨き。

しといて!と言われたことがない。

義母か主人か働いてる人かシルバーの人がやってる。

私もいくらでもするのだが、先にされてしまう。

あー虫に食われた。腰痛い。日に焼けたーなどと愚痴

られるのだが、今度やってとは言われず。

大事にされてるのか、それとも、あんたはこんな力仕事、よごれしごとは、かいしょんなくて、無理だと思われてるのか分からない。

以前花の種をまいたら、又ほじって蒔き直しされてたから、向かないと思われたか。

楽でいいけど、その分本業に精をだせと、言うことなんでしょうか?




2008年08月13日
今年の夏は異常なまでの暑さで、美容院へ行きそびれ、パーマが伸びてしまった。

昔は髪を伸ばしてたので、カチューシャを服に合わせて7,8個使ってた。

髪が下がってくるのでカチューシャをはめてると楽だわ。

行きつけの美容院さんに悪いなあ、と思いながらも、後ろと前髪をはさみでチョッキン。

なんとまあ、若いのか年寄りなのか分からないような顔になった。(いわゆる、わかいもんどっしょり)

ほんとは、カチューシャなどと言う言い方は使ったことがなかった。

私の中では、ヘアーバンドか、ミッチーバンド。

ミッチーバンドは、ご存知の通り、今の美智子皇后様が、子供時代、独身時代にテニスの時なんかにはめておられ大流行した代物。
まさに猫もしゃくしもでだったそーだ。

聞いた話よ。







2008年08月12日
昨日深夜の番組で、
釣りバカ日誌の浜ちゃんが、ミチコさんにプロポーズした言葉。

ミチコさんを幸せにする自信はないけど、僕が幸せになれる自信はある。

なんちゃって一瞬笑ってしまったが、なんていう珠玉の言葉。

なんという謙虚で最大の賛美!

幸せの定義は人それぞれだが、きっと幸せにしてみせる、と言う受け身な言葉は余り好きではない。

一緒に幸せになろうと言って欲しい。

私は、幸せにしてもらうんじゃなくて、私が幸せになりたいから努力します。
と言いたい。

宮崎県知事の母から言われた珠玉の言葉。

悲しい時は夕日を見ろ。だったかな?自身の生い立ちでよくいじめられたそう。

中華の達人の母から言われた珠玉の言葉

亡き父のように立派になろうとしなくてよい。
普通でいいよー。息抜しな。


ごく普通のことだが、母親は見抜いているから、そのひと言が琴線にふれる。

言葉って魔法。





2008年08月11日
昨日泊まられたかたの1組は、福光に親戚がある、母親、夫婦、子供さんの家族だった。

まず、挨拶をし、お茶を出し、お風呂はこちら、食事は何時で、下の部屋で準備と説明する。

ありきたりの会話はするが、会話好き又は苦手といろんな方がいらっしゃるので臨機応変に会話してる。
しかし、家族連れの方や若い夫婦は、余り構わない方がいい。

しかし、人にも寄るが今回の場合、そういうありきたりの流れ作業をしてるとお互い全く印象に残らない。

福光に親戚があるというのなら、次回又尋ねて来られる。
そのときに又思い出して泊まってもらうには??


夕べ、布団を敷いてるとき、白州次郎さん、正子さん夫婦の特集の雑誌が置いてあった。

白州正子さんが以前泊まっていかれ、あのかたの生き方を崇敬してたので、その時の芳名簿や画帳を見せてあげた。
旦那様のほうが、次郎さんの大ファンで雑誌を買ったとのこと。
私が正子さんの大ファンというと、急に目が輝やかれた。

それで話が弾み、帰りしな、

今度又来ます。
と言ってかれた。

常連さんになってくださるとうれしいが。

会話の糸口が見つかると、ほっとする。

こんな小さな旅館を長く続けられるということは常連さんのお陰なんです。






2008年08月10日
固定電話が余りかかって来ない。

かかるのは、勧誘の電話ばかり。

最近はインターネット予約や、ファクスでの予約申込みが増えた。

だから、数多いどーでもいいメールのはざまに、予約メール。
もっと数多いどーでもいいファクスから予約や問い合わせを絶えずチェク。

見逃すことがあり後で気がつき何時間後かに慌てて了解のメールを送ったりする。

時代も変わったわ。

地元のお客様は別として、ほんとに電話で応対することが減った。
電話では聞き間違えたりすることも時にはあるので正確な情報で有難いのだが。

楽なようで寂しい。

まあ、そそっかしい私だから、いいのかも。

ところで、固定電話の通話料も減ったわ。

以前の半分になった。

ひょとして、携帯を持たない時の私の長電話代だったのかもしれない。









2008年08月09日
ネットでも話題になってるタモリさんの赤塚不二夫さんへの弔辞。

白紙だったらしい?

よーく見ると真っ白けのような気もするが、本人から聞いてないからわからないが・・

でもタモリさんのフアンの私としては白紙を信ずる。

タモリさんは芸能人なのに、生活は地味だし堅実な生き方。一見サラリーマンのよう。
理知的で理論的、記憶力がいい。無理に笑ったりせず媚びない。
でも、赤塚不二夫さんが非凡な才能を見抜きずっと面倒を見て世に出した。
まさに一流の作品に仕上がった。


弔辞は、おそらくよーく考え練って記憶の引き出しを開け、頭の中に叩き込んで自分の言葉で、正直に赤塚不二夫さんの、思い出をよどみなく語っていた。

手に取るように2人の関係がいかに深かったか察した。
お礼を言った時のあの気まずさがイヤで本人に1度も言っていない。お互いにそう思ってた。

そして、タモリは貴方の作品の1つです。

始めていいます。有難うございました。


うるうるした。

私の弔辞は誰が読んでくれるのかな?


2008年08月08日
チューリップテレビより

近場の行楽スポット 池波正太郎ゆかりの地を行く

お盆頃の ”イブニングとやま“で放送されます。


瑞泉寺の朝5時の鐘を鳴らす様子。

そしてわがやの全景。
池波先生が泊まられた2階の客室にてお寺を眺めながら親しく先生と交流されたYさんのエピソード、解説。

私が、先生が画帳に書かれた馬の絵を説明。
それと達筆で署名された芳名簿、と茄子の絵。
昭和56年10月って記入。
かれこれ30年近く経つのね。

次は先生の愛用品などが置かれているふれあい館。

立ち寄られた彫刻師のお店。

詳しい日程が決まりましたら又お知らせします。

今日は早起きしたので眠たい顔してます。

私は一瞬ですのでお見逃しなく!!








2008年08月07日
オリンピックおじさん。

見出しのニュースにも書いてある通り北京で応援も引退ですってね。

東京オリンピック以来ですからすごいパワーの持ち主です。
井波出身の方って驚きです。

袴姿や、シルクハット姿。もう、いやまだ82歳。

数年前うちで泊まってかれました。
お墓参りです。

お酒も煙草も飲まれませんが、声高らかに笑われる声に周囲もつられ笑ってしまいます。

確か昔指圧の 浪越徳次郎さんが、

指圧の心〜母心、あっはははは・・
とコマーシャルで口癖のようにやってましたよね。
知らないかしら?若者は。

日本笑おう会?とか言う会の会長さんで、オリンピックおじさんも会員で、食事が終わったあと皆で、

大声であははは・・と笑って閉会!!
お腹から大声を出すと健康にもいいし、シアワセになれるもんね。

頑張ってください。応援してまーす。




2008年08月06日
最近テレビで阿久悠さん作詞の歌をよく放送してる。

先日ドラマ仕立てのもやっていた。

スタタンの生みの親で、ピンクレデイの歌すべて作詞した人。
あの番組は毎週見てた。
歌がうまいじゃだめ。
へたでも磨けばスターになれる原石を見出すのが選考基準。
ピンクレデイと山口百恵を対比させてた。

阿久悠さんは、百恵さんを見抜く目がなかったと言ってた。だから百恵さんの歌は1曲も書いていない。
次々と変貌して行く百恵さんが気になって仕方がなかったんだと思う。
その分ピンクレデイにのめりこんで行ったような気がする。

百恵さんの憂いを帯びた大人っぽさにひかれ、歌は以外と桜田淳子が18番。

でも1番好きなのは沢田研二さん。


こんな私って変??


2008年08月05日
毎年来てくださる常連さんが、昨日泊まっていかれた

かれこれ10年〜20年になるかたが何組かいらっしゃり、本当に有難いことだ。

夕べは大阪の方で井波にお墓があり毎年お参りにこられる家族の方。
一緒に終わるまでビールを飲みながらあーだこーだ面白おかしく楽しんでる。

もう親戚か家族のような関係だ。

でもどんなに親しくてもプライバシーは聞かない。
向こうから言われれば別だが、話しているうちに何となく察する。

と言うのはあるとき、今度は奥様といらしてください。
とか、お子様は?

等と聞いて、しまった!と思った時があったのだ。

だから職業も年齢も家族構成も聞かない。

親しくなればなるほど、根堀葉堀聞かないほうがいいのだ。

それでいいのだー(赤塚不二夫さん)







2008年08月04日
ブログを書こうとパソコンの向かうが中々手が動かない。
書いても消去してる。

テレビや新聞、ブログで被害状況を知るたび書けなくなった。
こんなこと書いてていいのかな?
なにかしなくっちゃいけないのかな?

などど思うだけで何もしてない。

早くの復旧と、通常通りの生活に戻れるよう。
又、心のケアも大事だと思います。

目の前の仏様と神様にいつも祈ってます。


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瑞泉寺の真ん前で大昔から料理旅館をしていますてきとーな若?女将のおきがる日記です
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